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  5. 義経伝説が残る小松島
新コース
  • 日帰り
  • 徳島
  • 歴史を学ぶ旅
コース番号
5207

義経伝説が残る小松島

  • 旗山(イメージ) 旗山(イメージ)
  • 弁慶の岩屋(イメージ) 弁慶の岩屋(イメージ)
  • 天馬石(イメージ) 天馬石(イメージ)

屋島の戦いへ

寿永2年(1183年)7月、かつて絶頂を誇っていた平氏は源義仲に敗れ、安徳天皇と三種の神器を奉じて都を落ち、九州大宰府まで逃れますが、在地の武士たちの抵抗に遭ってここからも追われてしまいました。その後、阿波国の田口成良に迎えられて讃岐国屋島にようやく本拠を置くことができました。
やがて鎌倉の源頼朝と京の義仲との抗争が起き、義仲が滅びた間に平氏は義仲に奪われた失地を回復し、勢力を立て直して、かつて遷都しようとしていた摂津国福原まで進出しました。しかし頼朝の弟の範頼・義経に攻められて大敗(一ノ谷の戦い)。この戦いで平氏は一門の多くを失う大打撃を被りました。ただ、平氏は屋島を本拠とし、有力な水軍を擁してなお瀬戸内海の制海権を握っており、平知盛を大将に長門国彦島にも拠点を置きました。一方の鎌倉方は水軍を保有していなかったため、彦島・四国攻めに踏み切れず、休戦が続きました。何とか戦況を変えたい義経は、摂津国の水軍渡辺党と熊野別当湛増の熊野水軍そして河野通信の伊予水軍を味方につけることに成功し、これを率いて摂津国渡辺津(現在の大阪市)から四国への出撃を決意します。暴風の中、源氏方は出航し阿波国小松島に到着。ここから陸路を経て讃岐国屋島を目指すのでした。今回のツアーでは、義経が上陸した小松島市に残る義経ドリームロードを見学します。

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2020年6月26日(金) 12,800円 募集中

ツアー詳細

旅行条件 最少催行人員15名/添乗員同行します。
貸切バス会社名 千里山バスまたは寝屋川バスまたは同等クラス
食事条件 昼食:1回

基本スケジュール

日数行程食事
1 大阪・梅田8時発=〇逆櫓の松址(大阪市福島区、源義経と梶原景時が論争した場所)=〇勢合の碑(小松島に到着した義経が軍船を集めて勢ぞろいした場所)=〇弦張坂・釈迦庵(釈迦庵の横手から伸びる緩やかな上がり坂。敵を警戒して弓の弦を張ったまま登ったことから名前がついた)=〇天馬岩(源平合戦で名を馳せた名馬・池月が天から舞い降り、この地で石と化した伝説が残る)…〇旗山・源義経騎馬像(義経が源氏の旗印である白旗を掲げ兵を鼓舞した場所)…〇弁慶の岩屋(弁慶ほどの力持ちでなければ造れないという伝承から名付けられた)=〇新居見城址(義経に協力し、屋島までの道案内を買って出た近藤氏の居城)=〇くらかけの岩(義経が休息した場所)=〇中王子(義経が陣を置いた場所)=梅田17時ごろ着
【行程中の記号】
=バス →航空機 —列車 〜船舶 …徒歩 ≠ロープウェー
◎入場観光 ○下車観光 △車窓観光

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2020年6月26日(金) 12,800円 募集中

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