1. ホーム
  2. 国内の旅・テーマのある旅
  3. 歴史・史跡を訪ねる旅
  4. 史跡を訪ねる旅
  5. 毎日城郭シリーズ 有田城と宮尾城
新コース
  • 3日間
  • 広島
  • 史跡を訪ねる旅
コース番号
005020

毎日城郭シリーズ 有田城と宮尾城

  • 旗返山城址(イメージ) 旗返山城址(イメージ)
  • 宮島城址(イメージ) 宮島城址(イメージ)
  • 草津城址(イメージ) 草津城址(イメージ)
  • 厳島神社・鳥居(イメージ) 厳島神社・鳥居(イメージ)

毛利元就「飛躍の合戦」

明応6年(1497年)3月14日、安芸の国人領主毛利弘元と正室の福原氏との間に次男として誕生したのが毛利少輔次郎元就です。初陣の「有田中井手の戦い」では、安芸国旧守護の勢威回復を目指す武田元繁を少ない兵で打ち取り、天文9年(1540年)の「吉田郡山城の戦い」では尼子詮久(後の晴久)率いる3万の兵の撃退に成功。これは戦国大名として雄飛する第一歩となりましたが、大内氏との従属関係からは脱却できずにいました。そのような中、天文20年(1551年)に大内義隆が家臣である陶隆房(後の晴賢)の謀反により討ち取られます(大寧寺の変)。これを好機と見た毛利家は領土拡大に乗り出し、尼子方の江田氏が守っていた備後の旗返山城を落とし支配。毛利氏の勢力拡大に危機感を抱いた晴賢が、元就に支配権の返上を要求したため、両者の関係は悪化していくのでした。そのころ、石見の吉見正頼が晴賢に叛旗をひるがえします。吉見氏討伐に対して毛利家が出兵に難色を示すと、晴賢は直接安芸の国人領主たちに出陣の督促の使者を派遣したのでした。この行為は、安芸国人領主の盟主である毛利家に対する越権行為であり、ここにいたり元就は、大内支配圏からの脱却を考え、晴賢と戦う道を選ぶのでした。

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2021年3月03日(水) 1名1室 79,800円 催行決定 お申込み受付中

旅行申込み専用ページへ移動します。
※2020年8月より申込みページが変更になりました。

ツアー詳細

旅行条件 最少催行人員12名/添乗員同行します。
貸切バス会社名 千里山バスまたは寝屋川バスまたは同等クラス
食事条件 朝食:2回、昼食:0回、夕食:1回
宿泊施設 【1】三次市・アルファーワン三次(1名1室)
【2】広島市・ワシントンホテル広島(1名1室)
服装と持ち物 ウォーキングシューズでご参加ください。
その他 ツアーご参加の方には毎日新聞旅行オリジナルの「訪城証明書」をプレゼントいたします。

新型コロナウイルス感染症発生に伴うツアー延期のお知らせ(2020.4.14現在)
2020年5月20日(水)に予定しておりましたツアーは、2021年3月3日(水)に延期とさせていただきます。

基本スケジュール

日数行程食事
1 大阪・梅田8時=〇有田城址(石見街道と脇街道が交差する要所に築かれた城址。「有田中井手の戦い」を引き起こした。比高90m)=〇壬生(高峰)城址(山県氏の城。毛利氏の攻撃を受け落城。公園として整備されている。比高20m)=三次市(泊) ×
×
2 =〇旗返山城址(備後支配の要の城。この城の支配を巡る争いが「厳島の戦い」を招いた。比高190m)=〇毛利氏居館址…〇吉田郡山旧本城(国史跡。元就が家督を継いだ時の毛利氏の居城。「吉田郡山城の戦い」の舞台。比高90m)=〇桜尾城址(大内家に対して毛利家が断交した「防芸引分」において、毛利家によって落城させられた城址。比高5m)=〇草津城(古代から水軍、水運などの重要拠点を抑えた城址。比高30m)=広島市(泊)
×
3 =宮島口(8時55分)発~<JR宮島フェリー>~宮島…〇宮尾城址(毛利氏が陶氏の交易ルートを封鎖するために築いた城)…塔の丘(晴賢が本陣を置いた場所)…瀧小路の戦い跡…大聖院…多宝塔・勝山城…大元浦…厳島神社…宮島(12時55分)発~宮島口=梅田18時ごろ着
×
【行程中の記号】
=バス →航空機 —列車 〜船舶 …徒歩 ≠ロープウェー
◎入場観光 ○下車観光 △車窓観光

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2021年3月03日(水) 1名1室 79,800円 催行決定 お申込み受付中

旅行申込み専用ページへ移動します。
※2020年8月より申込みページが変更になりました。

お客様サポート

ページ先頭へ