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新コース
  • 日帰り
  • 滋賀
  • 講師と行く旅
コース番号
5303

大沼芳幸先生と行く番外編 多賀町に残る史跡を訪ねて

  • 敏満寺城址(イメージ) 敏満寺城址(イメージ)
  • 敏満寺城址(イメージ) 敏満寺城址(イメージ)
  • 勝楽寺城・上臈落とし©ニッポン城めぐり(イメージ) 勝楽寺城・上臈落とし ©ニッポン城めぐり(イメージ)
  • 勝楽寺城©ニッポン城めぐり(イメージ) 勝楽寺城 ©ニッポン城めぐり(イメージ)
  1. 講師の大沼先生は滋賀県文化財保護協会普及専門員、「近江ヒストリカルマイスター」です

現地検証 本能寺の変は何故起きたのか「麒麟の足跡」

明智光秀は近江を足掛かりに力を蓄え、織田信長軍団№1の地位まで上り詰めます。しかし、天正10年(1582)、「本能寺の変」。何故、光秀は信長を裏切ったのか。その理由は近江が知っています。

ナビゲーターは『信長が見た近江-信長公記を歩く』の著者で元滋賀県立安土城考古博物館副館長の大沼芳幸先生に務めていただきます。

番外編 近江に残る明智光秀出生伝説地

番外編として、光秀の出生伝説が残る多賀町を訪れます。

光秀の生年や出生地ははっきりしておらず、安永7年(1778年)の肥後細川家の公式史書などから美濃国(現在の岐阜県)が有力とされています。しかし江戸初期の貞享年間(1684~88年)に成立した近江の地誌「淡海温故録」の「犬上郡左目」(現多賀町佐目)の項に「明智十左衛門が居住していた」との記述があることが、2019年1月20日に多賀町立博物館での講演で紹介されました。今回のツアーでは、その出生伝説地や、多賀町に残る城址を巡ります。

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2020年3月18日(水) 10,800円 催行決定

ツアー詳細

旅行条件 最少催行人員12名/添乗員同行します。
貸切バス会社名 千里山バスまたは寝屋川バスまたは同等クラス
食事条件 昼食:1回
講師及び指導プロフィール

大沼 芳幸さん(元安土城考古博物館副館長)
佛教大学博士後期課程中退。滋賀県教育委員会文化財専門職員などを務め安土城跡、近江国庁跡などの発掘調査を担当した。現在、滋賀県文化財保護協会普及専門員、「近江ヒストリカルマイスター」。琵琶湖をめぐる文化史を考古・歴史・美術・民俗・漁業・環境など幅広い視点から研究し普及活動を行っている。また精神文化史の視点から独特の城郭論を展開し、白洲正子の著作を通して琵琶湖の文化の魅力も発信している。

基本スケジュール

日数行程食事
1 大阪・梅田8時発=〇勝楽寺城址(佐々木源氏である京極高氏(道誉)によって築かれた城。比高170m)…〇高源寺(石田三成の居城であった佐和山城の裏門を移築した総門が残る)=〇敏満寺城址(浅井氏、織田氏により2回焼き討ちを受けた。礎石も彦根城に転用されてしまった)=〇久徳寺城址(久徳氏の居城。九徳氏は六角方に味方をしたため、浅井方に攻撃を受け落城)=〇明智光秀公口伝の地「十兵衛屋敷跡」=梅田18時ごろ着
【行程中の記号】
=バス →航空機 —列車 〜船舶 …徒歩 ≠ロープウェー
◎入場観光 ○下車観光 △車窓観光

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2020年3月18日(水) 10,800円 催行決定

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