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新コース
  • 日帰り
  • 滋賀
  • 講師と行く旅
コース番号
5305

大沼先生と訪ねる近江の廃城 長光寺城と和南城

  • 長光寺城・土橋(イメージ) 長光寺城・土橋(イメージ)
  • 長光寺城・看板(イメージ) 長光寺城・看板(イメージ)
  1. 大沼 芳幸さん(元安土城考古博物館副館長)が詳しく解説していただきます。

織田信長に徹底抗戦した六角承禎(義賢)ゆかりの城址 

鎌倉時代前期の佐々木氏当主・佐々木信綱の死後、所領の多くは三男・泰綱が継承しました。泰綱の家系が六角氏で、戦国時代には観音寺城を拠点に、近江守護を務めました。しかし義賢の時代、永禄3年(1560年)に野良田の戦いで浅井長政と戦って敗れるなど、六角氏の勢力は陰りを見せ始めます。義賢はこの敗戦を機に家督を息子の義治に譲り、自らは出家して承禎と名乗りますが、永禄6年(1563年)に義治が重臣の後藤賢豊父子を殺害。これを契機に家中で内紛(観音寺騒動)が起こり、六角氏式目への署名を余儀なくされ、六角氏当主の権力は弱体化しました。さらに永禄11年(1568年)、織田信長が足利義昭を奉じて上洛を目指すと、信長と戦い居城である観音寺城を去ることになりました(観音寺城の戦い)。
承禎と義治は甲賀郡北部の石部城に拠点を移し、体制のたて直しを図り、信長に徹底抗戦していくのでした。

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2020年5月08日(金) 13,800円 募集中

ツアー詳細

旅行条件 最少催行人員15名/添乗員同行します。
貸切バス会社名 千里山バスまたは寝屋川バスまたは同等クラス
食事条件 昼食:1回
講師及び指導プロフィール

大沼 芳幸さん(元安土城考古博物館副館長)
佛教大学博士後期課程中退。滋賀県教育委員会文化財専門職員などを務め安土城跡、近江国庁跡などの発掘調査を担当した。現在、滋賀県文化財保護協会普及専門員、「近江ヒストリカルマイスター」。琵琶湖をめぐる文化史を考古・歴史・美術・民俗・漁業・環境など幅広い視点から研究し普及活動を行っている。また精神文化史の視点から独特の城郭論を展開し、白洲正子の著作を通して琵琶湖の文化の魅力も発信している。

基本スケジュール

日数行程食事
1 大阪・梅田8時=〇長光寺城址(信長家臣である柴田勝家・佐久間信盛と六角親子が戦った『野洲河原の戦い』ゆかりの城址。比高120m)=〇和南城址(織田方の小倉氏の城址。六角氏の攻撃を受ける。比高約50m)=梅田18時ごろ着
【行程中の記号】
=バス →航空機 —列車 〜船舶 …徒歩 ≠ロープウェー
◎入場観光 ○下車観光 △車窓観光

ツアーの出発日と募集状況・お申込み

出発日 旅行代金
(お一人様:税込)
募集状況 受付状況
2020年5月08日(金) 13,800円 募集中

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