毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

powered by 毎日新聞大阪開発株式会社

関西/大阪・兵庫の山六甲山・水の山

 「水車新田」という地名を、六甲山中に見つけた。「山の中の水車」とは何だろうか。早速見に行くことにした。
 標高約240mの六甲ケーブル下駅の間近に、その住所はある。だが、マンションと住宅が建ち並ぶばかりで水車はない。せせらぎの音を頼りに河原に下りると、水車新田のいわれを記した碑文を見つけた。
 「江戸時代の中ごろ、新しく田を開くことなどを目的に水車新田村が作られ……都賀川上流の傾斜面の川水を利用して、灯油用の菜種を搾る目的での水車業が盛んになりました」とある。その後、水車は酒造用に転換したものの、時代の流れで衰退し「今では地名を残すのみとなっています」という。
 山の恵みと人の営みは切っても切れない。水量が豊富で急峻な六甲の山々は、大災害をもたらす一方、灯油や酒造りといった産業を生み出してきた。
「水車新田」の由来を記した碑文 「水車新田」の由来を記した碑文
 その六甲山に、2018年5月のよく晴れた日に登った。阪急芦屋川駅を降り、芦屋川を横目に見ながら、登山口へ。道中には、高座の滝、雨ケ峠、本庄橋跡と水にまつわる地名が続く。実際、川の渡渉もあり、滝の音や川面の瀬音が耳に心地よい。小さいながらも湿原さえある。
 六甲山山頂(931m)から先は水音は遠くなる。だが、下山した先にあるのは、名湯・有馬温泉だ。湯量豊富な温泉で汗を流し、水の山旅を終えた。全行程で6時間余りだった。
涼しげな「高座の滝」 涼しげな「高座の滝」
 水車新田の物語には続きがある。地元の大土(おおつち)神社には、その由緒を記した銘板がある。一部を引用したい。
 「……享保九年(一七二四年)から、六甲川谷筋の此の地で先覚者により、水力の利用を目的とした開発が試みられた……川沿いには多数の水車が建設され、盛時には二十五輛に達した。これら水車によって菜種から灯油を搾り……盛んに江戸へ船積みした」
 六甲産の灯油は、大消費地・江戸の闇夜を照らしていたという。8代将軍・徳川吉宗による享保の改革で揺れた江戸の街。水車は地元・灘の人々だけでなく、遠く離れた江戸っ子をも支えていたことになる。ともしびの下、幕臣たちは会議を重ね、庶民は食事をしていたかもしれない。六甲の山で、「水のロマン」に出合えたのは望外の喜びというほかない。
ツツジの花が出迎えてくれた ツツジの花が出迎えてくれた
【元毎日新聞編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
◎六甲山へのアクセス 阪急芦屋川駅へは、阪急梅田駅からが便利。30分ほどで到着する。
渡渉を行う場面も。増水時には注意が必要だ 渡渉を行う場面も。増水時には注意が必要だ
広々とした六甲山山頂 広々とした六甲山山頂
感想をお寄せください

「毎日山の旅日記」をご覧になった感想をお寄せください。

※感想をお寄せいただいた方に毎月抽選でポイント券をプレゼントいたします。

〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

ページ先頭へ