毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

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関東・富士周辺の山潮騒の塔ノ岳

 丹沢は、潮騒を感じる山だと思っている。春から初夏にかけて、山を吹き抜ける涼風にどこか潮の湿り気を感じる。丹沢山地から太平洋までは約20km。海に近く、天候の変化が早い。山岳の予報を手がける気象予報士の猪熊隆之さんは「日本の山で一番予報が難しい」とかつて語ったことがあった。
 丹沢の森に住むアオバトは山を離れ、海岸沿いまで飛び、波打ち際の荒波に小さな身体を突っ込ませてゆく。貴重な塩分を飲むためというが、溺死も記録されている。海のない地域のアオバトにはこのような習性はない。丹沢と海の物語といっていいだろう。
登山者を見送るシャガの花 登山者を見送るシャガの花
 4月22日、丹沢の山開きの日に、主峰のひとつ「塔ノ岳」(1492㍍)山頂を目指した。良く晴れ、初夏を思わせる陽気だ。神奈川県各地は軒並み20度を超えた。
 登山基地の大倉バス停は標高290㍍だから、山頂との標高差は1200㍍もある。北アルプスの登山道もかくやという厳しさだ。そのゆえだろうか、我々がたどる稜線には大倉尾根という名前があるにもかかわらず、「バカ尾根」というありがたくない名前がつけられている。「バカバカしいほどよく登る」という意味だろうか。
 午前9時20分、白と青のコントラストが美しいシャガの花に見送られ登山口を後にした。時折、吹く南風が海からの涼風を届けてくれる。急な斜面を息を詰めて登る。吹き出る汗をぬぐう。息を乱さないように、小刻みにステップを切る。
標高1000メートルを超えるとマメザクラが満開だった 標高1000メートルを超えるとマメザクラが満開だった
 標高約970㍍の山小屋「堀山の家」まで2時間と少しかかった。小屋前の広場で昼食をとる。
 ここからの登りはさらに厳しい。樹林が切れたところでは太陽光線に容赦なくさらされる。息が上がらないように深呼吸を意識的に繰り返しながら、ゆっくりゆっくり足を上げた。無数の階段や岩場が次々と現れ、こちらの根気を試しているかのようだ。
 数百段はある階段を登り切ると、標高約1300㍍の「花立山荘」に到達した。眼下に大海原をおさめ、太平洋を渡った風がほほをなでてくれた。名物のかき氷は正午前には売り切れたという。名物目当ての登山者たちの落胆が聞こえたのは言うまでもない。
 ここから山頂までは約40分の行程となる。最後の登りをあえぎつつ詰めると、塔ノ岳山頂にたどり着いた。午後1時半のことだ。
 山頂に建つ山小屋「尊仏山荘」に入ると、小屋主の花立昭雄さんが「しんどかったでしょう」と笑顔で迎えてくれた。サイダーをいただき、一息ついた。
賑わう塔ノ岳山頂 賑わう塔ノ岳山頂
 今回の旅の目的は、尊仏山荘に設置されたライブカメラの修理にある。登山者の安全のため2016年8月11日の「山の日」制定を記念し、毎日新聞社が設置した。以来、毎日新聞社山岳部のメンバーを中心に保守点検を続けている。だが、有線のない高地のため故障も多く安定的な稼働は望めない。
 スマートホンを経由してライブカメラの画像を地上に届ける。だが、強風などの気象状況や混信などでたびたび映像が送信できなくなる。そのたびに人が登り、補修作業を行う。ライブカメラの購入も、点検・補修作業も、すべて善意のボランティアに頼っている。また、かなりの高額となっているパケット通信料金も毎日新聞社が負担している。手前味噌だが、かつて冒険家・植村直己さんの活動を支えた、新聞社らしい社会貢献活動だと自負している。
尊仏山荘に設置されたライブカメラ 尊仏山荘に設置されたライブカメラ
 風雪にさらされたライブカメラは傷だらけで、あちこちが白く変色しつつある。そのスイッチを入れ直し、専用のスマートホンとの接続を確認する。この数分の作業のために、4時間の登りに耐える。折しも山頂では、足を負傷した登山者の救助活動を神奈川県警のヘリコプターが行っていた。
 
救助活動をする神奈川県警のヘリ「おおやま」号。左手奥は、ミシュランで星をとった名峰・大山 救助活動をする神奈川県警のヘリ「おおやま」号。左手奥は、ミシュランで星をとった名峰・大山
塔ノ岳の真骨頂は、富士山と太平洋の雄大な景色を同時に楽しめることだろう。それだけに大勢の登山客が詰めかけている。皆が安全に下山できますように。そう願わずにはいられない。(ライブカメラは一時停止しています。2018年8月20日現在)
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
山頂の写真 昨年7月31日午前7時に、ライブカメラが写した塔ノ岳山頂。富士山が美しい 山頂の写真 昨年7月31日午前7時に、ライブカメラが写した塔ノ岳山頂。富士山が美しい

◎塔ノ岳アクセス◎
小田急線渋沢駅からは大倉尾根、秦野駅からは表尾根を歩き山頂へ。
いずれも日帰りが可能。関西方面からは新幹線・小田原駅で小田急線に乗り換える。
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〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社「毎日企画サービス」顧問。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

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