〜山記者の目〜 2018年07月09日 小野博宜
長野・新潟の山美ケ原
美ケ原という名前には、どこか洗練された響きがある。明治維新より後、観光というものが意識されるようになってから、その名がつけられたのではないか。そう思う人もいるだろう。名著「日本百名山」で、著者の深田久弥は「昔は美ヶ原という名はなかった」と記し、「人間の楽しむ美しい原として登場したのは、昭和になってからだという」と語る。私も「そうだろう」と共感していた。美ケ原を訪れるまでは。
最高峰の王ケ頭2018年7月のよく晴れた日、美ケ原に向かった。早朝5時に長野県松本市内のホテルをレンタカーで出発し、6時半には「道の駅美ヶ原高原美術館」の広い駐車場についた。止まっている車はまばらだったが、あたりを濃い霧が覆っていた。山岳の気象予報専門会社「ヤマテン」の予報では、「朝は晴れる」とあった。それを信じて待っていると、白いもやは消え去り、青色が大空を染めた。ハイキングの準備を始め、午後7時半に一歩を踏み出す。
まず牛伏山(1990㍍)に向かう。草原を木道が横切り、ゆるやかな登りが続く。このまま歩き続けると、虚空に引き込まれそうな錯覚に陥った。ほんの15分で山頂に到達した。360度の視界が開け、遠くまで緑のじゅうたんが敷き詰められている。放牧された牛が点々と見える。湿り気のある冷たい風がほほをなでた。別天地とはここのことを言うのだろう。
牛伏山に続く木道放牧地を下り、牛伏山を振り返った。人っ子一人いない。早朝に歩き始めたご褒美だろうか。絶景を独り占めにした。
高原のシンボル「美しの塔」を経由して、塩くれ場の分岐へ。台地のへりを縁取るように歩く「アルプス展望コース」を選ぶ。遠くにかすむ山並みを見ながら、最高峰の王ケ頭(2034㍍)へ。山頂に建つホテルと林立する電波塔が見えてくれば、そこが目指す場所だ。
美しの塔
王ケ鼻から松本市街を望む
人懐っこい牛が寄ってきた
ここは北海道ではなく、長野県です。美ケ原の広さが分かる- 〜山記者の目〜プロフィール
- 【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
- 1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

