毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

powered by 毎日新聞大阪開発株式会社

関東・富士山快晴の富士山

 漆黒の天地に、カッと光線が走った。白くまばゆい光が、雲や海、大地を照らしてゆく。やがて真っ赤な太陽がゆっくりと上昇してきた。私だけでなく、周囲に転がる岩石や可憐な花をつけた高山植物にも、生命の源である太陽光線が降り注ぐ。平等の光は温かく、いつ見ても心が震える。ここは富士山(3776㍍)・吉田ルート8合目、2019年9月8日午前5時過ぎのご来光だ。私は午前3時に7合目の山小屋「七合目トモエ館」を出発し、太陽が昇った時には山小屋「白雲荘」前の広場にたたずんでいた。日本人も外国人も、どの登山者も満面の笑みをたたえていた。富士山で見る朝日は不思議なもので、みんなを笑顔にする。寒気の中、ご来光をカメラに収め、山頂に向かい再び歩き始めた。
神々しいご来光 神々しいご来光
 富士山には毎年登る。ひと夏に、2~3回は山頂に立っている。毎日旅行が毎年行っている「安心安全登山教室」に同行しているためでもあるのだが、プライベートでも毎年欠かさない。「なぜそんなに登るのか」と聞かれることもある。ご来光を含めた雄大な景色に魅せられてしまったとしか言いようがない。また、急峻な登山道に、自らの体調を整えて、全力で挑む醍醐味もある。
吉田ルート7合目の岩場。ゆっくり歩こう 吉田ルート7合目の岩場。ゆっくり歩こう
 7合目から8合目までは岩場が続く。溶岩流が冷えて固まった岩石群は、一つとして同じ形はなく、不安定な登攀(とうはん)を強いられる。斜面も急だ。転倒すれば大けがもありえる。8合目から山頂までは岩場は少なくなるが、斜度はいよいよ急になる。山頂は見えているのに、なかなか到達しない。歩いていればいつかは着く、と腹をくくってゆっくり登るしかない。大きく深呼吸し、ろうそくの灯を消すように息を吐きだす。この深呼吸を繰り返し、左右の足を開き気味に、小刻みにステップを踏んでいく。
山中湖の湖面に、雲が映る 山中湖の湖面に、雲が映る
  9合目を過ぎると、体力を使い切ったのか、高山病で苦しんでいるのか、登山道で倒れている人々が目立つようになる。この日も若い女性が登山道の真ん中で仰向けに倒れていた。さすがに驚いたが、胸が上下しているので寝ていると分かり、安心した。ストックを両手に持った若い男性も登山道わきの柵にもたれかかり倒れていた。横になったままレインウェアを脱ごうとしているのか、緩慢な動作で腕を振っていた。富士山ではどんなに苦しくとも自力で下山するしかない。倒れている彼らに「早く体力が回復しますように」と心中で声をかけて、かたわらを通り過ぎた。
山頂からの風景。山中湖が見える 山頂からの風景。山中湖が見える
 午前7時半、山頂に到着した。茶店で温かな豚汁をいただいた。体はすっかり冷えていたようだ。豚汁の熱と塩気が体の中で安堵感に変換されていく。なんておいしいのだろう。また、湿度が低く、さわやかで冷涼な大気に包まれる。山頂の魅力のひとつだ。 帰路は須走口を選択した。ここの下山路は岩混じりの砂地が続き、滑るように下りられる。7合目(2920㍍)付近から、砂払5合目(2230㍍)付近まで1時間余りで下山できた。ただし、すさまじい砂埃(ぼこり)には辟易(へきえき)した。黒いスパッツと登山靴は真っ白に変色した。ここで時間を短縮したおかげで、正午過ぎにJR御殿場駅近くの銭湯に入ることができた。台風15号による天候急変に捕まることはなかった
にぎわう山頂。右隅にはうずくまり、眠る女性が見える にぎわう山頂。右隅にはうずくまり、眠る女性が見える
 富士山にまつわる言葉に、「登らぬ馬鹿に、2度登る馬鹿」というものがある。「富士山に1度は登った方がよいが、2度登る価値はない」というような意味だろう。この言葉通りなら、私は大馬鹿になる。だが、富士山は登れば登るほどさまざまな発見があり、私はそれに魅了されている。今回もいくつかの発見があったが、砂払5合目付近でシカを目撃した。富士山にシカがいると聞いたことがなく、とても新鮮だった。富士山にはまだ知らないこと、見たことがないものがたくさんあるだろう。来夏はどのルートを歩き、どこに泊まろうか。今から思いを巡らせている。
初めて見た富士山のシカ 初めて見た富士山のシカ
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会公認登山ガイド・小野博宣】(2019年9月7、8日に登頂) 【富士山の登山シーズンとルート】富士山の開山時期は、7月1日(静岡県側は7月10日)~9月10日まで。2カ月余りしかなく、梅雨や台風到来の時期と重なっているので快晴で登れるのは意外と少ない。ルートは、吉田▽須走▽御殿場▽富士宮がある。初心者には、登山道に山小屋のトイレがたくさんある吉田ルートと最短の富士宮ルートがお勧め。
感想をお寄せください

「毎日山の旅日記」をご覧になった感想をお寄せください。

※感想をお寄せいただいた方に毎月抽選でポイント券をプレゼントいたします。

〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

ページ先頭へ