毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

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関東・富士周辺の山「初心者の富士山」

 富士山は、「初心者の山」といわれることがある。登山の心得がなくても山頂に到達できるということだろう。事実、江戸時代には富士講(富士山を信仰の対象にした団体)の皆さんがわらじで高嶺を踏んでいた。専門的な知識はあるはずもなく、今のような登山装備もない。それを考えれば、初心者の山というのもうなずけなくはない。

では、現代でも初心者の山だろうか。体力のある若者なら、そう言ってもよいだろう。弾丸登山(徹夜で歩き続け富士山頂を目指す)でも、若者なら体力任せで乗り切ってしまう。

では、中高年はどうか。体力のない者には富士山は高く険しい。初心者が気楽に登れる山ではない。強い意志を持って、練習を積み重ねた者だけが安全に登頂し、下山できる。

富士宮市内からの富士山 富士宮市内からの富士山

 ここ数年、40歳以上の中高年者の皆さんと富士山に登っている。多くが登山経験はなく、半年間に渡って練習登山を行ってきた。その苦労を経た方のほとんどが日本最高峰の山頂に到達できた。「私でも富士山に登れた」「念願がかなった」と喜びと満足、安堵感が広がる。私もお手伝いできてうれしく思う。

その練習登山を行っているのは、毎日新聞旅行(東京)の「安心安全登山教室」という。2月の机上講座を皮切りに、低山から高山まで毎月順を追って登り、富士山への体力と技術を身につける。教室は19年度も開催予定だが、ここでは、登山経験のない、もしくは数十年ぶりに山に登る中高年者が、憧れの富士山に登るコツを押えておこう。

 

山頂で太田ガイドとハイタッチする参加者 山頂で太田ガイドとハイタッチする参加者

まず認識したいのは、登山とは下山も含むということだ。登ったのはいいが、疲れて下りられない。そんな中高年者がなんと多いことか。特に70歳以上の方は自らの体力と行動時間の限界を把握しておく必要がある。

 私の感覚では、富士登山の難しさは、7対3で下山にある。吉田口ルートであれば、登りは大勢の登山者がいるため渋滞が起きやすい。だが、渋滞は中高年にとってプラスに作用する。強制的にゆっくり歩くことになり、体力が温存できる。

雨の中、渋滞の岩場を歩く。遠くの山小屋まで渋滞の列が伸びている 雨の中、渋滞の岩場を歩く。遠くの山小屋まで渋滞の列が伸びている

一方、下山は砂や石で滑る急斜面の道を3時間以上歩かなければならない。ここが富士登山の核心部(危険な場所や通過が難しい場所を指す登山用語)となる。ここで体力不足(つまり練習不足)の高齢者は、歩行困難になる。私も毎年のように歩けなくなった高齢者のザックを担いでいる。足腰の痛みに耐えて遅れてツアーバスにたどり着く。待っているのは、他の参加者の不機嫌な顔だ。団体行動での体力不足ほど迷惑なことはない。

 

雄大な風景を背に吉田ルートを登るブルドーザー。これも富士山ならではの光景だ 雄大な風景を背に吉田ルートを登るブルドーザー。これも富士山ならではの光景だ

それを防ぐためには、富士山に登る前の半年間、最低でも月に2回は山に登る必要がある。これがコツの第1となる。足腰を鍛え、自分の体力の限界を自覚したい。

2つ目のコツは、いきなり登り始めないことにある。登山口のある5合目に到着したら、1時間~1時間半はそこで過ごし、体を高度に慣れさせたい。高山病対策として有効だ。

 3番目のコツは、山頂でのご来光にこだわらないことだ。執着すると、徹夜で歩くことになりかねない。夏でも底冷えのする山頂付近を寝ないで歩くことは、危険に直結する

4番目は、荷物の重量を軽くすることだ。削るのは着替えと水になる。山小屋1泊なら、登山装備のままで寝起きして構わない。水やスポーツドリンクも割高になるが、山小屋で調達しよう。下山後の温泉入浴のための着替えは持ち歩かなければならない。しかし、吉田口5合目ならコインロッカーのある施設もある。ツアーバスに置いておける場合もある。

本8合目でのご来光 本8合目でのご来光

さて、今年8月も、3回目となる安心安全登山教室に参加した。40~70代の参加者は27人(女性は19人)。

 吉田口5合目で昼食をゆっくり取り、午後1時前に出発した。途中雨に降られることもあったが、午後7時に8合目の山小屋・白雲荘に着いた。雨で体力を奪われる恐れもあったが、渋滞でじっくり歩いたのが功を奏したのだろう。脱落者はいなかった。16年の第1回の時は大雨の中の登山となり、白雲荘で身動きが取れなくなった方が数人あった。

翌日は午前4時に出発。ヘッドランプを点けながら歩く。富士吉田市の夜景が美しい。ご来光は本8合目で拝むことができた。そして、7時前には念願の山頂へ。皆の喜びが弾けたのは言うまでもない。

最高地点の剣ヶ峰(正面)に向かう 最高地点の剣ヶ峰(正面)に向かう

最高地点の剣ケ峰往復に参加したのは、21人(女性14人)。全員が剣ケ峰に立てたのだが、自力下山できなくなった高齢の方が複数あったのは残念だった。

登山初心者がわずか半年間の練習で富士山頂に立てたのはとても頑張ったと思う。努力の賜物だろう。だが、練習しても当日の天候などで体力が尽きてしまう場合もある(練習不足は論外)。安全のために、2泊3日をかけてよりゆっくり登ることも考えなければと思う。

【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】

3,000メートルの高嶺に咲くイワツメクサ 3,000メートルの高嶺に咲くイワツメクサ

 ●登山道● 登山ルートは4本ある。吉田、須走、御殿場、富士宮の各ルートだ。初心者にお勧めは、吉田ルートになる。山小屋も多く、トイレや休憩には便利だ。また、登山道と下山道が異なることに注意。筆者のお気に入りは須走ルート。登りの際に唯一の樹林帯があり、下山も砂走り(砂の急斜面)を駆け下りれば、一気に下山できる。ただし、5合目は吉田ルートより低い位置にあり、登る距離が300㍍ほど長くなる。そのためか登山者は吉田ルートに比較すると少なく、静かな富士山を楽しみたい向きにはいいかもしれない。

●山のトイレ● 各山小屋でトイレを有料で借りられる。100~300円かかるので小銭を用意する。

 

 

 

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〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを経て現在、関連会社「毎日企画サービス」顧問。
2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

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