毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

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関西/奈良ステップ②青根ケ峰(2019)

 奈良県吉野町にある近鉄線吉野駅前には、万葉集の歌碑がひっそりと建っている。 「よき人の よしとよく見て よしと言ひし 芳野よく見よ よき人よく見(かつてよい人が よい所だと よく見て よいと言った 吉野を よく見なさい よい人よ よく見なさい)」とある。  詠み人は天武天皇で、吉野の宮に行啓した際に歌ったという。古代日本で天皇専制を敷いたカリスマ性の強い人物と知られる。この歌は「よし」と「よい」の韻をリズミカルに踏み、どこかユーモラスな響きがある。こわもての天皇も自然の懐に抱かれた吉野を訪れて、心も軽やかになったのかもしれない。
出発前に記念撮影 出発前に記念撮影
 さて、富士山登頂を目指す「初心者のためのステップアップ 富士登山塾2019」のステップ2が2019年4月上旬、吉野を舞台に開かれた。参加者は50人の大所帯だ。  早朝大阪・西梅田をバス2台で経った一行は、雄略天皇を虻(アブ)から救った蜻蛉(トンボ)伝説から名づけられた「蜻蛉(せいれい)の滝公園」に降り立った。トイレなどを済ませ、準備体操を行った後、出発した。40~70代の男女が一列になり、森の中に足を踏み入れていく。すでにステップ1の山をこなしているせいか、足取りも軽やかに見える。すぐに「蜻蛉の滝」に出くわした。高さ約50㍍、水量も豊富だ。女性の参加者は「夏でも涼しそう」と目を細めた。
せせらぎの瀬音を聞きながら せせらぎの瀬音を聞きながら
 ここから急傾斜の登山道が始まった。 道幅も狭い。高山宗規ガイドは「人とすれ違う時は山側に避けてください。谷側に避けると崖に落ちる危険があります」と声をかけた。  スギが林立する森の中を歩く。音無川の瀬音が耳に心地よい。狭い登山道で男性登山者とすれ違った。皆はさっと山側に体を寄せた。冷涼な風が吹き抜ける中、参加者は登り斜面を一歩一歩確実に登った。目指す青根ケ峰(857㍍)直前は急な登りとなる。高山ガイドは直前に「ここから頑張りましょう」と励ました。息を弾ませて中年男性が力強く登ってゆく。仲間と助け合いながらゆっくり登る女性たちの姿もあった。
笑顔で木道を歩く 笑顔で木道を歩く
 午後1時過ぎ、山頂に到達した。手を軽く上げてハイタッチをする参加者たち。富士山登頂への課題をまた一つ達成した喜びと安堵の表情を見せた。 ちなみにだが、青根ケ峰も万葉集に登場する。 「み吉野の 青根が峰(たけ)の 蘿蓆(こけむしろ) 誰(たれ)か織りけむ 経緯(たてぬき)無しに(み吉野の 青根が峰の蓆(むしろ)のような苔(こけ)は誰が編んだのか 経糸も横糸もないのに)。作者は不詳で、青根ケ峰のコケの美しさをたたえている。1000年も前から親しまれてきた山なのだ。
山頂でハイタッチ 山頂でハイタッチ
 青根ケ峰を後にした一行は、吉野の桜を堪能しつつ下山の途についた。万朶(ばんだ)と咲き誇る桜は、天皇から庶民に至るまで多くの人々を楽しませてきた。令和の時代となっても笑顔の花を咲かせてゆくだろう。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年4月6日登頂)
見事な吉野の桜 見事な吉野の桜
【富士山へ向けて4 持ち物その4】小物ながら必ず必要になるのがグローブ(手袋)とヘッドランプだ。「グローブは軍手でいいのではないか」と考える人もいよう。晴れていればそれでもいいのだが、登山道や富士山頂で寒風に吹かれたり雨が降ったりしたら、布製の軍手では役に立たない。晴天時は防寒、防風の機能を備えた薄手のものを着用しよう。日焼けも防げるし転倒した際に手を守ってくれる。雨天用にはレイングローブを念のために用意しておく。  ヘッドランプは夜間行動の際には必携となる。片手がふさがる懐中電灯は避けるべき。夜間消灯になる山小屋でもトイレに行く時などに必要だ。山小屋に着いたら首に巻いておこう。寝る時もそのままにしておくと何かと便利だ。40~80ルーメン、最大照射距離20㍍程度の製品を基準に選ぼう。登山道でヘッドランプを使用する際は、前を歩く人の足元を照らすのがコツだ。自分の足元を照らすと、首を前傾させなければならない。これでは首筋が痛くなってしまう。グローブもヘッドランプも登山道具店で入手できる。好みのデザインを選びたい。
満開の桜。参加者を祝福するかのよう 満開の桜。参加者を祝福するかのよう
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〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

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