毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

powered by 毎日新聞大阪開発株式会社

関西/兵庫暑い! 六甲山

 兵庫県芦屋市の阪急芦屋川駅の標高は30㍍ほどという。駅舎のほとりを芦屋川が流れているが、間もなく瀬戸内海に流れ込む。海が近いのだ。2019年5月下旬、私はその駅前にある小さな公園にたたずんでいた。電車が到着するたびに、ひとつしかない改札口から登山客がひっきりなしに降りてくる。この駅は六甲山登山の玄関口となっている。私も昨年春に一度訪れている。
風吹岩 風吹岩
 仲間と連れ立って歩きだした。住宅街を抜けて30分ほど歩く。公衆トイレと茶店を過ぎると、高さ10㍍ほどの滝があった。高座(こうざ)の滝という。滝の脇をすり抜けると、勾配は厳しさを増してくる。そして、岩場に到達する。昨年ここを通過した際には、さしたる記憶はない。すっと登ってしまったのだと思う。  だが、今回は違った。とにかく暑いのだ。また、大勢の登山者による渋滞が発生し、避けようのない日差しの中で立ち尽くすことになった。北海道で気温38度を記録した日だ。神戸地方の最高気温も28・4度だった。風も微風で、暑さをしのげない。山登りに疲れたのだろうか、幼い女の子が「嫌だ」「歩きたくない」と泣き叫んでいた。その甲高い声が耳に刺さり、どうしてもいら立ってしまう。ここで自分の歩行ペースが大幅に崩れたことを自覚した。
渋滞が発生した岩場付近 渋滞が発生した岩場付近
 安全登山の根底は、自分のペースを知り、体調を維持しながら歩くことにある。息の切れない速度を体で覚えることだ。そして、ひとたび登山道に出れば、それを守り通して体力を温存する。自分の実力を知った上で、生身の体の調子と、傾斜や寒暖といった自然環境をなじませて歩く。そこに登山というスポーツの面白みがある。  だが、いったんペースが乱れると、体調を整えることが難しくなる。早い段階で修正しないと、疲れ切ってしまい歩行困難に陥る。熱中症にもなりかねない。そんな時は思い切って休憩を取ってしまうことだ。歩き始めてちょうど1時間になった。日陰のある岩場の片隅で5分の休息をとった。乾いたハンカチで汗をぬぐい、深呼吸をした。スポーツドリンクを飲み、ドライフルーツを口に放り込んだ。これだけでも心が落ち着く。この後も30分に5分の休みを取り、テンポをつくることに徹した。
ハチが飛来していたヤマツツジ ハチが飛来していたヤマツツジ
 重い足を持ち上げて、岩場の続くロック・ガーデンを抜けると、昼過ぎに風吹岩に到達した。岩の上に三毛の野良ネコがいた。メスのようだ。人の側に寄って来るが、こびを売るわけでもない。なかなか気丈な風貌(ふうぼう)だ。かたわらを歩き去るネコを見ながら、パンを食べて水分を補給した。食欲も出てきた。やっと体調が回復したようだ。すぅっと体が軽くなった。これでリズムよく歩けるだろう。
風吹岩の野良ネコ 風吹岩の野良ネコ
 樹林帯の登山道を抜け、七曲(ななまがり)と呼ばれる急勾配の難所をゆっくり歩いた。登り始めて3時間余り、六甲山の最高峰に立った。薄曇りで遠くの視界は得られなかった。だが、吹く風は湿気が少なくさわやかだ。歩き切った喜びが安心感となって全身を包んだ。芦屋川駅からの標高差は900㍍もある。六甲山は低山の部類だが、この標高差が醍醐味につながっている。なかなか歩きがいがある。
広々とした六甲山最高峰 広々とした六甲山最高峰
 下山は、江戸時代から灘と有馬を結んでいた歴史ある交通路・魚屋道(ととやみち)を1時間かけて歩いた。途中白い花の群落があった。純白の花びらが目にまぶしい。ガクウツギの一種だろう。濃厚な香りが印象的だ。山道の先には有馬温泉がある。吹き出た汗を流したい衝動にかられ、自然と早足になる。山を下りれば温泉。六甲山の魅力のひとつだろう。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年5月26日登頂)
ガクウツギの一種。濃厚な匂いを放っていた ガクウツギの一種。濃厚な匂いを放っていた
感想をお寄せください

「毎日山の旅日記」をご覧になった感想をお寄せください。

※感想をお寄せいただいた方に毎月抽選でポイント券をプレゼントいたします。

〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

ページ先頭へ