毎日山の旅日記

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関東・富士山新五合目 (東京毎日)ステップ⑤宝永山(2019)

 「スケールの大きな展望に圧倒された」。初心者や入門者が富士山を目指す「安心安全富士登山教室2019」のステップ5が6月下旬、静岡県の宝永山(2693㍍)で開かれ、女性参加者はそう感想を語った。宝永山は宝永4(1707)年11月の大噴火で誕生した、富士山の側火山だ。この山を歩くことで、体力を養い、富士登山のコツを学んでもらう目的だ。
富士宮口で、行程について説明する上村ガイド 富士宮口で、行程について説明する上村ガイド
 富士宮口5合目をバスで訪れた一行20人は早速身支度を整えた。ほぼ全員がロングスパッツを両足に巻き付けた。着け慣れていないせいか、前後や左右を逆にしている人もいた。多くのスパッツは裏側に「左(足)」などとタグが付いている。確認してから装着したい。この日は雨模様ではなかったが、富士山では晴れの日でもスパッツが活躍する。砂礫(されき)の道が多い富士山では、一足ごとに砂ぼこりが舞い上がる。スパッツは微細な砂や小石が登山靴に侵入するのを防ぎ、ズボンのすそを汚れにくくする。
雲の切れ間に、姿を見せた宝永山山頂。なだらかに見えるが… 雲の切れ間に、姿を見せた宝永山山頂。なだらかに見えるが…
 上村絵美・登山ガイドを先頭に歩き始めた。登山口からすぐに冷え固まった溶岩の上を歩く。黒く、ごつごつとしている。とがっている部分もあり、転んだらとても痛そうだ。20分程度登るとシーズンオフで閉店している山小屋に出くわす。山小屋の前には、白くかれんなフジハタザオの花が揺れていた。登山道は砂利と砂、小石混じりになってゆく。視界は良好だが、雲に覆われて遠くは見通せない。さらに20数分ほど歩き、大釜の底のような宝永第一火口に到着した。ここが大爆発を起こした火口であり、自然災害の舞台にいるのだと実感する。昼食をとっていると雲が流れ、わずかな時間ではあったが、宝永山の山頂が見えた。上村ガイドは「あれが山頂です。ここからの登りは足元が不安定で、きつく感じると思います」と語りかけた。
宝永山山頂の山名表示板 宝永山山頂の山名表示板
 その言葉通り、山頂までの登りはかなりの悪路だ。大小の石と細かな砂が混じりあい路面がざらざらしており、足が沈み込む。一歩進むと半歩後ろに戻されてしまう。「歩幅を狭くして小またでじっくり歩きましょう」と上村ガイドが声をかけた。私は写真撮影のために、先頭の数㍍先を歩いていたが、参加者の荒い息遣いが風に乗って聞こえてくるようだ。さらに「足を軽く地面にけりこんで進みましょう」「前の人の足跡の上に足を置くと歩きやすくなります」と具体的なアドバイスがあった。  牛歩のような登りを続けること小一時間。「馬の背」と呼ばれる稜線にたどり着いた。ここから山頂までは平たんな道が続く。山頂で一休みをしていると、雲間から富士山の稜線が垣間見えた。「あっ、富士山」「すごい」の声が響いた。
富士山中腹からの雄大な風景。左に山中湖が見える 富士山中腹からの雄大な風景。左に山中湖が見える
  さらに、御殿場ルートの下山路・大砂走に移動した。ここから下山口まで約1300㍍を一気に下りる。若い人なら砂利の急斜面を飛ぶように下りてしまう。一歩で3㍍くらい進む感覚だ。だが、中高年者の多い私たちは、転倒しないように慎重に歩む。上村ガイドは「(ドリフターズの)加藤茶さんがやっていたひげダンスのような姿勢がいい」と身振り手振りで指導した。さらに砂ぼこり対策としてマスクやバンダナで口を覆う必要もある。  ゆっくり足を運んでいると、眼前の雲がすぅーっと引いていった。舞台の緞帳(どんちょう)が上がるように。そして、雄大な景色が現れた。正面に箱根の金時山(1212㍍)や大涌谷が見える。左手には勾玉(まがたま)のような山中湖が湖水をたたえている。黄緑色の芝地が山頂まで広がる三国山(1343㍍)も鎮座している。右手には富士山の前衛峰・愛鷹山(1504㍍)が見える。フタコブラクダのこぶのような双子山(1929㍍)の緑の丘も指呼(しこ)の間にある。周囲のどの山より高い場所に立っていることを実感する。「すごい景色だ」「見たことない。さすが富士山」との声が聞こえた。  今回の教室では、富士山の登山道を実地で体験できた。さらに雄大な風景の一端も垣間見ることができた。3000㍍を超えた時の絶景はさらに素晴らしい。参加者の富士登山への期待はさらに高まっただろう。本番の8月は目前だ。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年6月18日登頂)
大砂走を下山する一行。草も生えていない荒れ地だ 大砂走を下山する一行。草も生えていない荒れ地だ
【富士山へ向けて12 安全な下山のために2】  ストックの使用は登山ガイドの中でも意見が分かれる。ストック使用を嫌うガイドもいれば、勧める人もいる。私見だが、高校や大学など年若く登山を始めた人や、ロッククライミング出身のガイドはストックの使用に難色を示す傾向にあると感じる。要するに体力のある、もしくはかつてあったガイドはストックを使ってこなかったのではないか。その経験から「ストックを使ってはいけない」と発言するのだと思う。私は中高年になってから本格的な登山を始めた。だから、ストックの有難さは身に染みて感じている。だから、中高年登山者の必需品と考えている。2本のストックを持てば足が“4本”になり、体のバランスが格段にとりやすくなる。文字通りの「転ばぬ先の杖」ということだ。富士山の下山では、中高年者は必ず携行したい。滑りやすい砂礫の道を3時間、4時間と歩かねばならない。そんな時に体を支えてくれるのは間違いない。
フジハタザオの花が風邪に揺れる フジハタザオの花が風邪に揺れる
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〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

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