毎日山の旅日記

毎日新聞旅行

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四国/徳島ステップ④剣山(2019)

  西日本第2位の高峰、徳島の剣山(つるぎさん、1995㍍)は、丸みを帯びた伸びやかな稜線が美しい山だ。山頂付近は緑の笹原で覆われ、青空とのコントラストは見事というしかない。一度はこの目で見てみたい山岳風景だと思う。2019年6月中旬、私は山頂直下の山小屋「剣山頂上ヒュッテ」の傍らにいた。眼前に広がるのは緑野ではなく、白い霧だった。時折小雨もぱらつく。山登りの入門者が富士山を目指す「初心者のためのステップアップ 富士登山塾2019」のステップ4に参加していた。今回のテーマは山小屋に泊まり、雰囲気やルールになじむことにあった。
富士山に登るぞ!と記念撮影 富士山に登るぞ!と記念撮影
  早朝午前6時半過ぎ、ヒュッテの前には朝食を終えた参加者25人が三々五々集まり始めていた。参加者のほとんどが初めて山小屋に宿泊された方ばかり。何かと不自由な山小屋だが、頂上ヒュッテは風呂まである豪華な小屋だ。あいにくの天気で宿泊客は私たちだけという運にも恵まれ、のんびり過ごされたのではないかと思う。表情にはゆとりさえ見えた。  だが、あいにくの空模様で、天候の回復は見込めない。山小屋の寒暖計もわずか7度を指していた。参加者は防寒も兼ねて雨具に身を固めていた。西嶋彰ガイドが「今日は風が強いので、帽子を飛ばされないように準備をしてください」と声をかけて出発した。
剣山頂上ヒュッテでの夕食風景。煮物や玉子焼きが並び、会話も弾む 剣山頂上ヒュッテでの夕食風景。煮物や玉子焼きが並び、会話も弾む
  小屋から剣山頂上までは歩いて10分ほど。山頂の稜線に出ると北寄りの風にさらされた。風速10㍍以上はあるだろう。強風に身体が揺れる。濡れた木道に足をとられないように慎重に足を運んだ。山頂には太いしめ縄に囲まれた三角点があった。参加者たちは順番に手早く、写真撮影を繰り返した。曇天の下、風が渡るばかりの山頂は、やはり寂しいものがある。
雨の剣山山頂 雨の剣山山頂
  記念撮影を終えた一行は、もう一つのピークである次郎笈(じろうぎゅう、1930㍍)に向かった。笹原の稜線を雲が渡り、雨粒がレインウェアをたたく。白く可憐なツマトリソウが心を癒してくれる。アップダウンを繰り返し、両側が切れた細尾根を登り切ると山頂に到達した。冷たい風に吹かれながらひと休みをして、今日のゴール地点である奥祖谷(いや)かずら橋を目指した。途中、テンナンショウの一種が樹陰にひっそりと咲いていた。さらに、緑色の葉を持たないギンリョウソウも観察できた。いずれも湿った薄暗い林床を好み、どちらかと言えば雨が似合う花々だ。特に釣り糸を垂れたようなテンナンショウは初めて目にした。珍しい花を見ることができたのも雨の日に歩いたご褒美かもしれない。  
ツマトリソウ ツマトリソウ
  終始雨にたたられた山行となったが、参加者は7時間半もの山歩きに耐えた。富士登山も必ずしも晴れの日ばかりではない。毎年富士山に登っている私の経験では、ぐずついた天候がどちらかと言えば多かったと思う。今回の参加者は富士登山に向けて、良い経験を積んだはずだ。【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】(2019年6月15日登頂)
テンナンショウの一種 テンナンショウの一種
【富士山へ向けて11 安全な下山のために】ステップ4や5に参加された皆さんは着実に力をつけ、すでに富士山には登れるレベルにあるといえるだろう。だが、問題は下山にある。山頂に登ったのはいいが、そこまでで体力を使い果たしてしまい、無事な下山が困難になった方が毎年出ている。70歳以上の高齢者に特に多い。ここでは自力で無事に下山するためのコツを伝えよう。まずは富士登山までに体重をできるだけ減らしておくこと。また、荷物も可能な限り軽減する。山小屋では着替えはせず、お菓子類も持って来ない。男性のアルコールもいらない。ビールや飲料水は山小屋で買って済ませよう(アルコールの飲み過ぎは厳禁)。また、火口を一周する「お鉢巡り」も止めておこう。一周に1時間半以上かかり、アップダウンも多い。高齢者や体力のない方がお鉢巡りに参加し、下山前に精も根も尽き果ててへたり込んでしまう姿を見てきた。さらに、富士山中で2泊することをお勧めする。登りで1泊し、下山でもう1泊する。負担を分散させることで下山もかなり楽になるはずだ。
白いギンリョウソウ 白いギンリョウソウ
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〜山記者の目〜プロフィール
【毎日新聞元編集委員、日本山岳ガイド協会認定登山ガイド・小野博宣】
1985年毎日新聞社入社、東京社会部、宇都宮支局長、生活報道部長、東京本社編集委員、東京本社広告局長、大阪本社営業本部長などを歴任。2014年に公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡの資格を取得。毎日新聞社の山岳部「毎日新聞山の会」会長

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