江戸時代の百姓一揆の魁
享保11年11月21日(1726年12月14日)から翌享保12年正月20日(1727年2月10日)にかけて、美作国津山藩領の西部にあたる真島郡・大庭郡を中心に発生した百姓一揆です。津山藩の減封による混乱時に、藩の役人や一部の庄屋が郷蔵から米を持ち出そうとした事に反発しての一揆であり、一揆側の51人が処刑されました。江戸時代の前半に発生した一揆は農村の上層部の庄屋が主導するものでしたが、後期に発生した一揆は一般百姓が主体になります。山中一揆はこの変わり目の時期に発生し、一般百姓一揆の魁になります。2026年は、一揆が起こった1726年から300年の節目の年を迎えます。